令和8年2月22日に旅す。
御祭神は、
須佐之男命、
稲田姫命、
大己貴命
である。
当初は須佐之男命が主祭神、稲田姫命と大己貴命が相殿神であったが、明治29年に主祭神三座となった。
氷川神社のホームページの由緒・歴史によれば、5代孝昭天皇の御代に創立され、成務天皇の御代には朝廷の命により出雲族の兄多毛比命(えたもひのみこと)が无邪志国造(むさしこくぞう:武蔵国造)となって、氷川神社を奉崇した。令和10年には創建2500年になるという。

神社名の由来は『新編武蔵風土記稿』では「出雲国氷の川上に鎮座せる杵築大社(出雲大社)をうつし祀りし故、氷川神社の神号を賜れり」と伝わるとあり、「氷の川」は『古事記』で「肥河(ひのかは)」、『日本書紀』で「簸川」とも書かれた出雲の大河である斐伊川(ひいかわ)にちなむというものです。
現在、「氷川神社」名の神社は、この氷川神社から分祀され、武蔵国を中心として北海道から鹿児島まで280社以上ある。
氷川神社の参道は約2kmの長さがあるとされ、日本一長い参道である。境内の面積は約3万坪(約10万平方メートル)あり、明治以前には19万坪あったという。そのために「大いなる宮居」と称えられ、大宮の地名の由来ともなった。

蛇足になりますが、横浜山下公園に係留されている「氷川丸」は、氷川神社から名付けられ、船内の神棚には氷川神社の御祭神が祀られ船内装飾には当社の神紋である「八雲」が用いられていることです。


参考:


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