神倉神社(和歌山県新宮市神倉)

令和7年9月24日に旅す。

拝殿は、ゴトビキ岩という磐座のご神体に寄り添うように建っている。

御祭神は、

高倉下命(たかくらじのみこと)、

天照大神、

である。

神倉神社由緒現在は、熊野速玉大社の摂社で境外社扱いになっているが、熊野元宮すなわち熊野大社(三社、熊野速玉大社、熊野本宮大社、熊野那智大社)の本家だとされている。

神日本磐余彦(かんやまといわれびこ:神武天皇)が浪速(白肩津)で長髄彦に一度敗れた後、迂回して熊野に上陸した。しかし、ここで軍衆は土地の神に毒気を当てられて倒れた。ここで高倉下が神剣・布都御魂をもたらすと軍衆は覚醒したという。はじめは天照大神が建御雷神を遣わそうとしたが、建御雷神は布都御魂さえ渡せばよいと言われた。布都御魂は石上神宮の主祭神である。

神倉神社の急石段ところで、神倉神社は標高120メートルである神倉山に鎮座し、源頼朝が寄進したと言われる、大変な急勾配の石段を登らなければ、拝殿にたどり着けない。神倉神社天磐盾また、神倉山は天磐盾(あまのいわたて)ともいわれて、神日本磐余彦が登ったとされている。神倉神社御燈祭2月6日に行われる御燈祭(おとうまつり)が有名で、松明をもってその急石段を駆け下りるという火まつりである。

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