770年(元亀元年10月1日)に白壁王が即位した後、
770年(元亀元年11月6日)に井上内親王を皇后と定めた。
771年(元亀2年正月23日)に他戸親王を立てて皇太子とした。
773年(元亀3年3月2日)に井上内親王、巫蠱・大逆の罪(光仁天皇を呪い殺そうとした)で、廃后。
773年(元亀3年5月27日)他戸皇太子を廃して、庶人とした。
774年(元亀4年10月14日)二品難波内親王が薨じた。天皇の同母姉である。従四位下の桑原王・正四位下の佐伯宿禰今毛人らを遣わして、喪葬の事を監督・護衛させた。また従二位・大納言兼治部卿の文室真人大市と中納言・従三位・兼式部卿の石上朝臣宅嗣を遣わして、弔意を表させた。
774年(元亀4年10月19日)当初、井上内親王は呪詛した罪に問われて皇后を廃されたが、後にもまた難波内親王を呪詛した。この日天皇は詔して、井上内親王とその子の他戸王を大和国大和国宇智郡にある官に没収した邸宅に幽閉した。
775年(宝亀6年4月27日)、井上廃后は他戸廃太子ともに卒した。
続きはまた。


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